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餓鬼岳山行記
2002年7月27日〜29日の北ア餓鬼岳山行のレポートです。

2002年7月27日

昨年の9月に富士山に登り、深田氏の日本百名山を完登した。百名山については別の機会に書くとして、とにかく当面の目標を達成したわけだ。そしてほぼ同じ時期、生活環境の方も変化が訪れた。子供が出来て今までのように気軽に山に行けなくなったのだ。百名山といういわば大義名分も無くなり、気軽に山に行けなくなったこれからも、今までのように山登りを続ける事が出来るのだろうか?いや、もっと根本的な問題として、自分はこれからも山に登りたいのだろうか?そんな疑問と向き合うべく、2002年7月、休みを取って久しぶりに山に行くことにした。

山域は北アルプスというのはすぐ決まった。ここ数年、百名山の中で関西からは行き難い山ばかり登っていたので、北アには随分ご無沙汰していたからだ。思い出の多い山域でもあるし、何より私は北アが好きだ。次にどの山に登るか。一度登った山を再訪するのもいいが、北アにはまだ登っていない魅力的な山がいくつも残っている。その中で、関西からのアプローチが容易な針ノ木が候補にあがった。出発数日前までは針ノ木で固まっていたのだが、直前にふと思った。今回の山行は自分の山登りを見つめなおす意味もあるので、出来れば静かで落ち着いたところに登りたい。針ノ木は登山口がアルペンルートということもあり、ハイシーズンなので人も多そうだ。そこで突然浮上してきたのが餓鬼岳だった。

餓鬼岳は蝶から常念、燕といった常念山系の最北端にあたる山。標高は2647mで、3000mクラスの高山から見るとあまり見栄えはしないが、他の山々を眺めるにはいいロケーションだ。何よりアプローチが容易な割には人が少ないというところが気に入った。というわけで、目的地は出発3日前に餓鬼岳に決定した。

アプローチはバイク。単独行の場合の私の山の定番スタイルだ。アタックザックに一泊二日の装備を詰め込み、愛車KLX改のキャリアにアタックを固定。午後6時長岡京の自宅を出発。京都南ICで名神に乗る。途中、小牧の手前で事故渋滞につかまったが、それ以外は特に問題なく距離を伸ばす。恵那峡PAでカツ丼定食680円を食し、さぁ出発と駐輪場に戻ると、KLXの隣に大きなアメリカンが停まっていた。シートには20代半ばの、茶髪のロンゲでちょっとキムタク風の若者がシートに腰をおろし、タバコを吸いながら休憩していた。出発の準備をしていると

「どちらまでいかれるんっすか?」
と若者が聞いてきた。
「今日は梓川あたりかなぁ。明日山に登るつもりなんで、今日は適当なSAで寝ます。」
・・・
「今から走って、1時迄に東京って難しいっすかねぇ?」
「う〜ん、休憩を取らずに頑張れば、可能なんじゃないかなぁ。」
・・・
ツーリング中のソロのライダーと交わす何気ない会話が久しぶりで嬉しい。

その日は梓川のサービスエリアにテントを張り仮眠するつもりだったが、梓川は何だか人が多そうなので、その手前のみどり湖PAで寝ることにした。

23時みどり湖着。PAの建物の手前の芝生には既に大きなテントが1張りあった。建物の反対側の木の下にささっとテントを張って、10分後にはシュラフに潜る。

深夜、PAが工事で掘り返されている夢を見た。巨大なショベルカーが大きな音を立てて地面を掘り返している。だんだん自分のテントにも迫ってきたが金縛り状態で身動きが取れない。絶対絶命というところで目が覚めた。ところが目が覚めても大きな音はまだ聞こえている。何かと思ってテントから首を出すと、トラックのアイドリング音だった。しかもその音がやたらとでかい。運転手は中で仮眠してるんだろうが、どうせなら駐車場の端に行ってくれればいいのに。アイドリングの大きな音のおかげで、その後はほとんど寝られなかった。
 



2002年7月28日

翌日は4時50分起床。睡眠不足の割にはまずまずの目覚め。自販機のドリップ式コーヒーを飲みながら、ちんたらテントを撤収し、5時20分に出発。豊科ICまで高速を使い、147号線を北上。天気は晴れだが山の上はガスっているよう。高速からも北アの山並みは一切見えなかった。7時少し前に大町に着いた。147号を左折し道なりに行くと、やがて道は細くなり、山道にさしかかった辺りで何やら大規模な工事が行われていた。自然と触れ合うための施設か何かが出来るらしく、あちこちで森を切り拓き土地を整地している。そのため、森の中に林道が何本も出来ていて、どっちに行けばいいのか良く分からない。とりあえず道なりに林道を進んでいったが工事現場に出て行き止まり。入り口付近まで引き返してよく見ると、ちゃんと餓鬼岳方面の看板が出ていた。工事現場に気を取られて見逃していたようだ。

7時10分、登山口着。そんなに広くない駐車場には既に十数台の車が停まっていたが、まだ数台は停められそう。私はバイクなので、車が停められない端のスペースに駐車し、早速山の支度を整える。ヘルメットやブーツといった登山には必要ない荷物はでかいスタッフバッグに入れてバイクの下に押し込んでおく。これは、バイクが倒れるのを防止するためと、若干の盗難防止の意味もある。

7時40分出発。装備はある程度軽量化を考えたし防寒具も少ないので、ザックは比較的軽い。しかし最初から飛ばすのも危険なので意識的にゆっくりめのペースで歩く。

8時40分、紅葉の滝着。9時45分、最終水場着。ここまではまずまずのペース。最終水場で水をたっぷり補給し、いよいよ急登に取り掛かる。G-Shockの高度計を目安に、150m毎に休憩を取る。登山道は整備されており、人が少ないためかゴミ一つ落ちていないが、休む場所が少ない。単独行なのでなんとかなったが、パーティーだと休む場所に苦労しそう。

11時30分、ようやく大凪山ピークに着いた。靴ズレの気配があったので一旦靴を脱いで長めの休憩を取り、12時に出発。左足の膝の裏が痛みだす。昔スキーで痛めた古傷で、どうも持病のようだ。大凪山からしばらくはなだらかな山道が続くが、結構疲れが出てきたので快適に飛ばすという訳にはいかない。そのうち最後の登りに差し掛かった。感覚的にはもう稜線に出ていてもおかしくないくらい行動しているのに、ここから更に300mは登らなければならない。やはり高低差1600mというのは伊達じゃない。

脚の痛みもあるので小刻みに休憩を取りながら登る。ようやく急登が終わり、あとワンピッチで小屋かと思ったころ道の前方に雷鳥の親子を発見した。家族で散歩のようで、登山道を小屋の方に向かってヨタヨタと歩いている。こっちがペースを上げると雷鳥親子も私から逃げるようにペースを上げ、こっちが止まると雷鳥親子も動きを止める。と、そんな感じでしばらく一緒に登山道を歩いていたが、そのうち子供の一羽が登山道から外れて私の後にまわってしまった。母鳥は私がいるので子供の所にいけず、登山道を行ったり来たり。鳥なんだから登山道を歩かずに飛んで行けばいいんだが、それが出来ない間抜けさが雷鳥らしい。これ以上邪魔をするのもなんなので、雷鳥親子が視界から消えるまでしばらく休憩することにした。それにしてもこんなに長時間、雷鳥と一緒に山道を歩いたのは初めてだ。

14時40分、ようやく小屋についた。それまでは静かな山歩きを楽しめたのに、小屋についてすぐ、燕方面から縦走してきたらしい中高年の団体さんが到着した。この団体がうるさいの何の。私が幕営の申込みのため受付に並んでいたら、後からビールないの?だの、アクエリアスないの?だの、発泡酒しかないって、だの、アクエリアスは売り切れだって、だの、兎に角やかましい。挙句の果てに、小屋の人に「すみません、順番にお願いします」と注意されると「何か知らんけど順番待ちらしいよ。」ってグチをたれる始末。私もビール好きなのでビールビールとうるさくいう気持ちは分かるし、気のあった仲間との団体登山で浮かれる気持ちも分かるが、このような団体さんとはお付き合いはしたくない。受付を済ますとビール(発泡酒)を一本だけ買い、逃げるようにテン場へ向った。

テン場は小屋から歩いて数分の、稜線上の小さなスペース。手前のコルに3〜4張りと、ちょっと登った所に10張程度のスペースがある。既に何張りかあり。手前のサイトは展望は効かないが平らで快適そう。上の大きめのサイトは傾斜地だが展望が効きそう。どちらも2、3張りの余裕があった。ガスで展望は効かなかったのでどっちにするか迷ったが、せっかくテント担いで稜線まで着たんだしガスがそのうち晴れる事を期待し、展望の効く上の方にする。

ささっとテントを張って、小屋で買ったビールを開ける。毎度のことだが、一日の行動を終えテントサイトで飲むビールの美味さは何者にも変え難いものがあると実感。久しぶりの山の雰囲気を楽しみながらビールを飲み終え、小屋に水を買いに行き、トイレに行き、荷物の整理などするとやることがなくなったので、持ってきたバーボンを開けてちびちび飲りながらFMを聞く。ちょうどNHKでグリークのペール=ギュントをやっていた。壮大な調べがガスの中時折姿を見せる餓鬼岳ピーク付近の岩肌とマッチし、しばし見とれる。次の曲はスウェーデン狂詩曲。どうやら北欧特集らしい。となると最後はシベリウスか、と思っていたらドボルザークの交響曲第7番だった。ピーナツをあてにバーボンと沢で組んだ水を交互に飲みながらドボルザークを堪能する。

ここで事件発生。下から担ぎ上げたモルツの缶に穴があいていた。どうやら地面に置いたとき、鋭い岩の角にあたったらしく、小さな穴が開いていて、そこからシューっと炭酸が漏れている。少し中身がこぼれたようだが穴が大きくなかったのが幸いで結構残っている。しかし、放って置いても炭酸が抜けるだけなので、予定変更して早めの飯を作る。

夕食はレトルトの角煮丼とあらびきソーセージ、家庭菜園で取れた伏見甘長(青唐辛子の一種の京野菜)。飯を炊きながらレトルトを暖め、ソーセージと伏見甘長をバーナーの火であぶれば完成。山の上で飯を炊くのは久しぶりだが、水加減の調整も無しに一発で芯なしちょびっとお焦げありの、完璧な飯が炊けたのはちょっと嬉しかった。ちょっとだけ気の抜けたモルツと一緒に食す。

18時、携帯ラジオで天気予報を聞きながら餓鬼のピークへ。展望ゼロ。がっかりしていたら、突然ガスが薄くなり、筋骨たくましい山影がぼんやりと現れた。山の形からすると水晶か?とすると、その右奥に見える長い稜線は薬師だろうか?ガスのため距離感が分からなかったが、実はこの時点で私は方向感覚が180度狂っていたらしく、翌日、とんでもない見当違いだったことが分かる。どの山か確信は持てなかったが、兎に角北アの山が見えて満足。

日没にはまだしばらくあるし、ガスも晴れそうにもないし、虫も五月蝿いのでテントに戻ってバーボンでも飲むとする。ストレートだとあっという間に酔いそうなので、途中で汲んだ沢の水で水割りにしてちびちびしながら記録をつける。

7時就寝。なかなか寝付けなかったが、いつのまにかうつらうつらした。9時トイレに行く。それから何故か眠れない。疲れ過ぎたせいか、テントを張った場所の傾斜が強すぎるせいか、酔いが醒めてしまったせいか、原因は不明だが、寝られない。10時になって試しにラジオを聴いてみる。11時、今年の上半期ヒット曲トップ20をやってたが11位にHikkiが出るまで聞いたことのない曲ばかり続く。やっぱり眠れないのでパームで記録をつける。現在0時30分。BGMはHikkiのSAKURAドロップス。
 



2002年7月29日

結局2時過ぎまで意識ははっきりしていた。3時頃うとうとしたようだが、空が明るくなってきたので4時には起床した。賞味期限切れのコーヒーを沸かして飲むが不味い。レーション類で適当に朝飯を取って、ささっとテントを撤収して4時30分出発。テント組はまだ寝ているようだ。

小屋の近くにザックをデポして餓鬼岳ピークへ向かう。昨日痛めた膝にはちょっと違和感があるが、荷物がないのでそんなに辛くはない。ふとテントサイト方面を振り向くと、遠方に鋭く尖った山が見えた。一瞬槍かと思ったが、昨日から方角を180度勘違いしていたので、この時点ではどこの山か分からなかった。餓鬼岳ピークにつくといきなり展望が開ける。昨日はガスの中、かすかな山影しか見えなかったが、今日は周囲全ての山がはっきり見える。てっきり先客がいると思っていたが、ピークには誰もいなかった。ハイシーズンの北アというのに信じられない。昨日の団体さんはまだ小屋のようだ。

だんだん空が白み始めてきた。地図で周囲の山を確認しながら日の出を待つ。この時点で方角を勘違いしていたことが判明。ようやく位置関係を把握し、山々を地図で確認する。日の出直前になって、ようやくワッサワッサと人が登ってきた。やがて、雲海の中から太陽が顔を出した。御来光を拝むのも久しぶりだ。周囲を見回すと、旧知の名峰達がモルゲンロートに染まっていた。遠方に見える綺麗な双耳形は鹿島槍。左に目をやると、正面に見えるのは、昨日は水晶かと思った針ノ木だ。針ノ木の右横の、やけに立派な山容の山は蓮華岳。左横には剣・立山が見える烏帽子から野口五郎、鷲羽岳へと続く裏銀座は手に取るように分かるそして南に目をやると、愛しの槍ヶ岳が。北アのパノラマというのはいつ見ても素晴らしい。

静かだったピークも賑やかになったが、太陽が昇ってしまうとみんないそいそと引き上げていった。小屋組は今から朝飯のようだ。再び静かになった山頂でパノラマを楽しみ、5時30分ピークを後にする。

百曲がりは蝿が鬱陶しく、ろくに休憩も出来ない。膝の痛みもあるので小刻みに休憩をとりながら高度を下げる。樹林帯にきたら虫の攻撃は少なくなった。しばらくはアップダウンもきつくなく、膝の痛みも少しましになる。しかし疲れているのは確実で膝が笑いだすのも時間の問題。30分ピッチで7時20分大凪山ピークに着き、長めの休憩を取る。ここまではほぼコースタイム通りのペース。大凪山方面から見る蓮華岳は薬師や野口五郎のようにとても立派で、まるで針ノ木が従山のよう。実際蓮華岳と針ノ木は標高も大差ない。蓮華岳は隠れた名山という感じだ。

G-Shockについている高度計の高度をセットし直し下降開始。ここからは急な下りが続くので、脚を労わりながら下る。1900〜1800mのガレ場は道が悪く、脚が辛い。だましだまし高度を下げると、だんだん沢の音が大きくなってきた。8時50分、1500mの最終水場で冷たい沢水を飲んで生き返る。

魚止めの滝の道標は1300.0mという表示があったが、G-Shockの表示は1370mだった。昭文社のエアリアマップを見ても1380mくらいとなっている。次の紅葉の滝は、道標には1150mという表示だが、G-shockは1250mをさしていた。G-shockの高度計はそんなに正確ではないが、それでも過去の経験上、誤差は数10m程度で100mも狂う筈がない。どうも道標の表示が間違いのようだ。

とそんなことを考えながら白沢登山口に向かう。膝はかなり痛くて小走りすら出来ないくらいだが、水平道を歩く分には問題ない。道は沢から離れ、気持ちのいい木立の中をしばらく行くといきなり視界が開け登山口についた。そこから駐車場まで10分くらい歩き、10時30分、無事バイクの置いてある駐車場に到着した。

荷物を整理し、持っていた水で軽く行水して汗を流し、11時10分出発。二日間ほとんど熟睡していないので、満腹になって睡魔が襲ってこないよう、しっかりした昼飯は取らず、唐揚スティックとか串カツといったスナック系の食べ物をSAごとに補給しながら距離を伸ばす。休憩を多めに取ったおかげで睡魔に襲われることも無く順調に京都まで来たが、京都東ICの手前で渋滞につかまった。京都南ICまであと数kmなので、すり抜けもせず我慢していたが、そのうちに夕立が降り始めたのでやむなく側道を走り出す。やがて本降りになったので側道に駐車し、雨具の上だけを着込み再び出発。すぐに渋滞が解消され流れ出したと思ったら、京都南ICの手前で急に土砂降りになり視界がゼロになった。昼間用のミラーコーティングされたゴーグルをしていたのに加え、すぐ前には大きなトレーラーが水煙を上げながら走っていたので前方が全く見えない。下手に減速すれば後ろからきた車両に追突される危険もあるので、記憶を頼りに左折のウィンカーを出し、ゆっくりと減速しながら何とかICの出口に車線変更出来た。ほっとしたのもつかの間、今度は突然エンジンストール。ガス欠か?と思いながら路肩に駐車してみたが、どうやら何かの拍子にキーが動いてしまっただけのよう。キーをひねってセルを回せば嘘のようにエンジンが回った。と、こんな感じで、最後にちょっとヒヤっとしたが、無事家に帰ることが出来た。

帰宅後、熱いシャワーを浴びながら今回の山行を振り返る。百名山を登り終えた後も登りたい山はまだまだあるし、モチベーションも下がってないことが分かった。ただ体力の衰えは深刻だ。それにしても、北アの山々を久しぶりに見れたのは思った以上に嬉しかった。ミーハーと言われようが、俗物と思われようが、やっぱり私は北アが好きだということを再確認した山行だった。

 

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